低侵襲な治療「がん緩和治療」に力を入れています
がんの緩和治療では、がんの進行を遅らせ、痛みを和らげる治療のことを指します。抗がん剤などを用いて完治を目指すのではなく、動物の負担を最大限軽くし、がんと向き合っていくといった考え方です。もちろん、早期の場合など、がんの完治を目指す方がよいケースもありますが、手術や抗がん剤などの標準治療が困難な場合には、緩和治療が適していることが多いでしょう。
緩和治療は総称で、具体的には「免疫療法」をはじめとした、「高濃度ビタミンC点滴療法」や「温熱療法」などの治療となります。人間のがん治療でも普及している治療法です。
がんの治療は飼い主様の経済的負担も大きくなってしまいます。飼い主様が納得いくまでじっくり話し合い、状況に合った最適な治療法を一緒に見出していきます。
完治できなければ意味がないわけではありません。動物のことを考え、少しでも快適な生活をさせてあげようとするのも、立派ながんへの対策です。
免疫細胞療法
がん治療は外科療法、化学療法、放射線療法の三大療法がこれまで主流を占めてきましたが、近年第四の療法として注目を集めているのが「免疫細胞療法」です。 免疫細胞療法では、血液中の免疫細胞を取り出して体外で培養増殖。その後再び体内に戻します。樹状細胞とリンパ球を増やす方法なので、がん細胞を見つけ出す能力と攻撃する能力の両方を高めると考えられます。
自分自身の免疫力を増強してがん細胞と戦わせる治療法ですので、安全性が高く、抗がん剤のような重篤な副作用はまず考えられません。犬や猫の体力が低下していても受けることができます。QOL(Quality Of Life:生活の質)を改善するための治療法と言えるでしょう。 通常、麻酔や入院の必要もなく、強化した免疫細胞を注射・点滴します。2週間に1回を6クール行うのが理想的ですが、動物の状態やその他の状況を考慮し話し合いの上で決定します。
がんと免疫の関係
がんは体の設計図の遺伝子に異常がおきてどんどん増え続けるようになった細胞です。どれほど健康な状態でも、がん細胞は毎日体のなかで発生しているのです。しかしこの小さながんのほとんどは、大きながんのかたまりへと成長することなく死んでいきます。
これは、体の中で「免疫」を担当する細胞が、悪い細胞を小さながんのうちに排除くれているおかげです。
しかし、高齢になるにつれて免疫細胞の力が少しずつ衰え始めます。そして、免疫細胞よりもがん細胞の力が勝ったときに、がんは一気に勢力を拡大していきます。
専門的な免疫の話
私たち人間も、動物たちも体には免疫というシステムが備わっており、その免疫には、自然免疫と獲得免疫というものがあります。
自然免疫というものは、外敵(外来抗原)が体内に侵入して来た際に、最初に攻撃する免疫のことで、マクロファージ(Mφ)、ナチュラルキラー(NK)細胞、NKT細胞、好中球(図にはない)、ガンマデルタ(γδ)T細胞などがあり、樹状(DC)細胞もこれの一種として働きます。
獲得免疫とは、自然免疫の攻撃から樹状細胞の橋渡しによって起こる一連の免疫反応で、基本的には抗原つまり外敵の目印をターゲットとして攻撃します。獲得免疫では、リンパ節で樹状細胞からリンパ球(ヘルパーT細胞、キラーT細胞、 B細胞)へと外敵の目印を教育され、活性化したリンパ球が侵入した外敵をさらに攻撃します。
では次に、がんの時に免疫(ここでは獲得免疫)はどう動いているのでしょうか。
- まず、未熟な(がんと出会っていない)樹状細胞ががん細胞の抗原(目印)を食べて取り込みます
- 取り込んだ樹状細胞は成熟し活性化します
- 活性化した樹状細胞はリンパ節に移動し、リンパ球(ヘルパーT細胞、キラーT細胞、)へと抗原提示(外敵の目印を教育)します
- リンパ球は増殖・活性化し、抗原(がんの目印)を見つけて攻撃します
免疫細胞療法の特徴
- 特徴1.副作用がほとんどない
- 自らの免疫細胞を増殖して投与するため、拒絶反応など、副作用の心配がほとんどありません。どのような段階のがんであっても、また、体の衰弱が激しくても、長期にわたって安心して使うことができます。
- 特徴2. 延命効果が見られる
- 免疫療法を行っている動物の中には、末期がんと呼ばれる段階の子たちが多くいます。その半数以上は、体が弱りきっていたりがんの転移が広範囲に及んでいたりして、手術療法や放射線療法などの治療法を選択できません。抗がん剤などで、体を痛めつけるのではなく、なるべくがんを大きくしないことに主眼をおいた治療法になります。
- 特徴3. QOL(生活の質)の改善
- がんが進行すると痛みや貧血など、大変つらい自覚症状が現れますが、免疫療法にはこうした苦痛をやわらげる作用があります。自覚症状が改善されることで、たとえ体内にがんが残っていたとしても、通常の生活を送ることができるようになります。食欲がなく体重の減少が見られるような症例でも、リンパ球投与後に食欲が戻り体重が増加するような効果が期待できます。
- 特徴4. 相乗効果
- 手術後の再発予防のみならず、化学療法、放射線療法など他の治療法との併用による相乗効果が期待できます。
治療の種類
- 活性化リンパ球療法(CAT)
がん細胞を攻撃するTリンパ球を体外で活性化し、 約1000倍に培養した後、体内に戻す非特異的細胞免疫療法です。免疫が強化され、QOLが上がり元気になったり、再発予防や転移予防の効果も期待できます。 がんを攻撃するリンパ球の割合を増加させて治療効果を高めます。
- 樹状細胞療法(DCワクチン)
直接がんを攻撃する兵隊が活性化リンパ球なら、兵隊に「がんはこれだぞ、攻撃しろ」と指示を出す指揮官が樹状細胞になります。その樹上細胞を体外で増殖・活性化させて治療を行う方法です。
- 樹状細胞+活性化リンパ球療法(DC+CAT)
樹状細胞(がんを認識するための指揮官)と活性化リンパ球(がん細胞を攻撃する兵隊)をそれぞれ体外で増殖・活性化させて体内に戻し治療を行う療法で、両者の利点をあわせ持っています。特異的細胞免疫療法に 分類され腫瘍へのリンパ球の集積率が上がります。
当院の治療法
高濃度ビタミンC点滴療法
知らない方も多いかと思いますが、ビタミンCには抗がん作用があります。抗酸化物質であるビタミンCは、正常な細胞には一切ダメージを与えずに、強い酸化作用を誘導してがん細胞を撃退することができます。
また、高濃度ビタミンC点滴療法は、正しく使えば副作用のほとんど見られない極めて危険性の少ない治療法で、注目を集めています。
なぜビタミンCががん治療に効くのか?
ビタミンCががんに効く理由はいくつかありますが、静脈に高濃度ビタミンCを投与することによって、非常に強力な抗酸化作用を発揮する、というのが大きな理由です。
ビタミンCががん細胞を攻撃するメカニズム(一例)
- 点滴によってビタミンCが静脈から血管に入り込む。
- ビタミンCが、フェントン反応という反応により過酸化水素(H2O2)という酸化力の強い物質を発生させる。
- 正常細胞はカタラーゼという酵素を作り出し、過酸化水素を無害なものへ分解する。
- がん細胞はカタラーゼが欠乏していることが多く、過酸化水素を無毒化できずに攻撃されてしまう。
- 過酸化水素から大量の酸化ダメージを受けることで、がん細胞が死滅する。
専門的なビタミンC療法の話
ビタミン C(C)は Fe3+ など遷移金属を還元し、モノデヒドロアスコルビン酸ラジカルに酸化される。
還元された遷移金属は、酸素への電子供与体として働く。
その結果,スーパーオキシドラジカル(O2-)が生成される。
O2-は、スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)により過酸化水素(H2O2)となる。
SOD には局在の異なる Cu,Zn-SOD(細胞質)、Mn-SOD(ミトコンドリア)、EC-SOD(細胞外)が存在する。
生じた H2O2 は、血液中では血球細胞内や血漿中のカタラーゼ及び赤血球内に存在するグルタチオンペルオキシダーゼにより水と酸素に速やかに分解される。
血液中でCが高濃度になると、腫瘍細胞外の間質液へも高濃度の C が移行する。
間質液中で C は酸化されて 1 個の電子を失い、最終的に H2O2 が生成される。
H2O2 は細胞膜を容易に透過する。
多くの腫瘍細胞はカタラーゼやグルタチオンペルオキシダーゼなどの量が少ないことから、H2O2による障害を受けやすく、そのため細胞内でミトコンドリアが障害を受けて ATP 産生が減少し、細胞死が誘導されると考えられる。
温熱療法
がんの弱点のひとつは熱です。がん組織は正常な組織よりも血流が貧弱であり、そのために放熱が苦手です。温熱療法とは、がんが熱に弱い事を利用して、がん細胞の温度を上げて死滅させる方法です。
また、熱ストレスによって誘導発現するHSP(ヒートショックプロテイ ン)などにより、免疫力亢進と活性化を促進するという免疫活性化作用もあります。
治療温度による違い
50〜70℃という高温では腫瘍のネクローシスが起こる
がん幹細胞を死滅する可能性もある
43℃以上の熱で細胞死(アポトーシス)が急速に増加
(Dewey W.C, Hopwood L.E, Saparero S.A, et al., 1997)
40℃前後というより低温では免疫細胞が活性化
(Miyata K, Hasegawa T, Maeda K, et al .,2005)
加温の方法(AMTC200の場合)
当院では、約70℃の針を患部に刺し、局所的に治療していきます。その際、周囲の温度は40℃〜50℃に保っています。一時的に、低温やけどと同じような状態になりますが、神経や血管があることで、正常な細胞は復活します。
しかし、がん細胞は神経支配を受けておらず、自ら治癒する力がないため、徐々になくなっていってしまいます。術後は幹部が悪化したかのような見た目となりますが、時間と共に正常な細胞が再生していき、次第にきれいになっていきます。
加温の方法(レーザーの場合)レーザーハイパーサーミア
温熱療法を、高熱の針ではなくレーザーを使って行う治療法です。当院にあるレーザーでは、針では難しい、体内外の臓器に発生した腫瘍を温めることが可能です。
これはレーザー温熱療法、レーザーハイパーサーミア療法などと呼ばれる治療法で、通常は麻酔をかけずに施術ができるなど、動物に負担をかけないがん治療法のひとつです。
完全にがんを死滅させることができなくても、進行を遅らせる効果が望めます。他の治療との併用もできますので、相談しながらより効果的な方法で治療していきましょう。
温熱療法が難しいがんの種類
温熱療法は、上記で説明したとおり、体外から熱を加える治療法です。そのため、体の表面近くのがん細胞には効果をもたらしますが、全身にわたる腫瘍や臓器の中にある場合、あまり効果は期待はできません。
また、骨そのもののがんや、がんが骨に接している場合は、加熱によって骨が腐ってしまうおそれがあったり、骨は熱伝導率が高いため与えた熱が逃げてしまうため、おすすめできません。
他のがん治療との併用や緩和治療を視野に入れつつ、最適な方針を見極める必要があります。
温熱療法(ハイパーサーミア)の治療例①(メラノーマ)
ダックスフンドの口腔内にできた皮膚がんの一種であるメラノーマです。舌の付け根に付近に大きな腫瘍があります。一般的には顎ごと切除になってしまいますが、顎を温存したいという飼い主様のご希望で、温熱療法が実施されました。
AMTC200という、犬や猫の疾患を治療するために作られた温熱治療器で腫瘍を加熱しました。腫瘍は数日でなくなり、写真を比較してもわかるように、口腔内がきれいになっています。
左は治療後の画像で、腫瘍は消失しています。
ですが、メラノーマはがんの中でも非常に再発しやすく、目に見える腫瘍が無くなっても安心できません。治療後も定期的なチェックが必要です。
温熱療法(ハイパーサーミア)の治療例②(足の基底細胞癌)
温熱療法(ハイパーサーミア)の治療例②(猫の肥満細胞腫)
ペインコントロール(疼痛管理)
がんの治療と共に進めたいのが痛みの管理です。痛みを感じることが苦痛なのは、犬や猫も一緒です。
病気や怪我の根本的な治療ではありませんが、痛みを上手にコントロールすることでスムーズに治療を行うことが出来たり、がんの進行を遅らせることも可能になります。
ペインコントロールは最も重要な緩和療法の一つで、当院でも力を入れている分野です。
ひとつではない痛みの種類
一言で痛みと言っても種類は様々で、それぞれの痛みに対して対処方法や鎮痛剤が多く存在します。
当院では、痛みを感じる前に痛みを止める「先制鎮痛」と、作用の異なる痛み止めを組み合わせる「バランス鎮痛」を主軸として治療を行っています。
がんの痛み
がんの痛みを「癌性痛」または「癌性疼痛」と言い、痛みの感じ方の違い急性痛と慢性痛に分かれます。
がんは、進行に伴って痛みも強くなってくるため、完治しない限りは全く痛みを感じなくなることは困難です。
しかし、適した鎮痛薬や、抗がん剤などで大きな痛みを取り除くことにより、生活の質を向上させることは可能です。
さまざまな鎮痛剤で痛みをコントロール
鎮痛剤には、一般に「痛み止め」といわれる消炎鎮痛薬と、モルヒネなどのような麻薬性鎮痛薬があります。
麻薬性とは言うものの、性格の変化が起こったり依存してしまったりということはないのでご安心ください。投与方法も様々で、それぞれに特徴があります。
- 注射薬
- すぐに効果があり、飲めないときにも有効です。点滴で投与することも可能です。
- 経口薬
- 自宅で簡単に投与することができます。種類が豊富で、錠剤や粉、徐放剤もあります。数種類の薬の組み合わせが可能です。
- 座薬
- 薬が飲めなくなったときに使用します。吸収が早いので、すぐに効いて欲しいときに有効です。
- 皮膚パッチ
- 皮膚に貼るタイプの痛み止め。皮膚から吸収し、ゆっくり効いてきて、3~5日間持続します。やや高価です。